「自分で決めること」の大切さ

お盆が明けてからというもの、首都圏を中心にコロナがみるみる広がり、明日27日から愛知も緊急事態宣言が出ることになりました。

週1回仕事で名古屋駅へ行くと、駅の通路には大勢の人があふれ、去年の緊急事態宣言が出ていた時とは様子が全く違います。

仕方ないかも…。

私もワクチン2回目が接種できたのですが、医療機関がひっ迫している状況をニュースで見るたびに、かえって気持ちを引き締めないとと、自分に言い聞かせています。

 

そんな中、対面で担当していた講座をオンラインに変更すると連絡が。

変更に対応し続ける日々はまだまだ続きそうです。

 

「変化に対応」と言っても、

自分から変えていくときは、思い切りが必要とはいえ、可能性を感じます。

でも、変化を余儀なくされてそれに対応していくときは、同じ結果になったとしても何となくモヤモヤが募ります。

そのモヤモヤの積み重ねは大きい…。

 

自分でコントロールできるかどうかはストレスに大きく影響すると、メンタルヘルスを学んだときに知って、とても納得しました。

まさに今、その影響の大きさを、日々身をもって実感しています。

 

いつ終わるか見通しがない中、小さなことでもいいので自分で決めることに意識を向けて。

その積み重ねで、自分を取り戻すことができそうです。

 


問題に、直球で向き合うことがしんどいとき

問題が起きたとき、どうしたらいいのかと悶々と考え込んでしまうときもあります。

問題そのものは、自分の力でどうにもならないこともあり、だからこそそのもどかしさで、より深く悩んでしまいます。

もちろん、問題をどうにかすることも大切ですが、問題が大きいと、直球でその問題に向き合うのがやっぱりしんどい時だって。

そんな時は、その問題について、あーだこーだと考え思い悩んでいる「今」の自分についてどう思うか考えてみるのも一案です。

 

視点を「今」の自分の気持ちに向けてみます。

「どうにもならないことに、そんなにとらわれているのはどうして?」

「それは、どういう思いがあるから?」

「そのどうにもならないことについて、今どんな気持ちが心の中に渦巻いている?」

 

そしてその気持ちを抑えたり否定したりするのではなく、

「そうか…そんな気持ちも、自分の中にあったんだな~」

「だからとらわれてしまうんだ~」

と自分の「今」の気持ちをいいとか悪いとか思わずに自然と受け入れること。

 

うまくいかなくて、それでもどうにかしたいのに、自分では何ともならなくて…。

そう思う自分の思いを、自分でやさしく受け入れること

「私、そんな風に感じているんだな…」

そうやって、自分の中にたたずむその思い悩む自分の気持ちを、見守るように受け入れることで、

先へ、向かうこともできるのです。


やっぱり、身体と心は繋がっている

ちょっと凹んだ出来事があって…と書いていましたが、

仕事に行く途中、最寄り駅の階段を下りながらちょっと気が逸れ、

あと3段といったところで、足から「ぐぎっ」っという音が!

その音が、心の折れる音かと思ったくらい、その時、心の動きは身体と繋がっていたのです。

 

膝をついてしまい、なんとか立ち上がったものの、足を酷くくじいていました。

そんな音を聞いたのは生れてはじめて(>_<)

 

なんとか立ち上がってみると、足は痛いけれど歩けたので仕事へ行き、帰宅後は、腫れあがった足を冷やして翌日病院へ。

レントゲンで骨折はしていないと言われ、ほっとしたものの、安静を言い渡されてしまいました。

その言葉、「ゆっくり休むように」身体から言われたような気がしました。

 

その後の1週間。安静と言われて予定を見ると、運よくお盆休み。

そして入っていた要件もオンラインばかり。

本当に心からオンラインのありがたみを痛感…。

 

相手は全国に渡り、対面だった場合、この足ではとても参加できないものばかり…。

コロナはまた広がりを見せていますが、こんな足の状況でも参加できたのはZoomが当たり前になったからこそ。

昨年からの世の中の変化に助けられた出来事でした。

 


「思い」が伝わった? 私が「意味」を感じたとき

1年延期したオリンピックが閉幕しました。

選手達のがんばりには力をもらったけれど、コロナが広がり続ける中、開催には賛否両論、思いは複雑です。

そんなタイミングに、身近な出来事でちょっと凹むことがありました。

思いのほかダメージを受けていたその時、突然のショートメール!

私がキャリアコンサルタントとして初めて大学での面談業務を始めたとき、当時の私の心の支えとなっていた方でした。

帰りの電車が同じ方向で、帰りながら支援について相談したりアドバイスをもらったり…。

日々の仕事でご一緒できた時間は短かったのですが、その方が愛知を離れてからも、転居先の大阪や東京で近況を報告しあっていました。

その時間は、私にとって本当に楽しい時間。

彼女は、進む先に迷ってあちこちあたり散らかしていた私を、新鮮な視点で見て、温かい言葉をかけてくれました。

それなのに…ご無沙汰してしまいました。

コロナのごたごたを挟んで、かれこれ2年半ぶり。

久しぶりの連絡は、まるで私の気持ちが見えたかのようなタイミングでした。

そして、メールの中で「今後は?」と。

過去を振り返って深く後悔して凹んでいる私の心が見えているかのようです。

それはそれとして、今の自分、そしてその先を向くように、と言われたような気がしました。

人生には、時として、

「なぜこのタイミングで?」「どうして今この人が?」

と思うような機会があります。

それはその時のにとって、その時だからこその、意味を感じる瞬間です。