「大切な価値観」だってその時によって変わるもの。

キャリアコンサルタント養成講座は6日目。

講座の中で、私の好きな「バリューカード」を使ったワークをしました。

これは、価値観の書いてある15枚のカードを「大切で譲れない」と思う順番に並べていくのです。

講座の中では、キャリアコンサルタントとクライアントの役割に分かれ、話のやり取り(なぜこのカードはこのカードより上なのか等)をしながら並べていくワークになります。

以前担当した講座でも並べてみたので、今回の結果と比較してみます。

7月はこちら

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そして今回がこちら

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ほとんど変わらないのですが、「リスク/冒険性」と「報酬と豊かな生活」のカードが、ぐっと順位を上げています。価値観の重要度が上がってきてますね。

これには心当たりがあります。

「リスク/冒険心」は、年も明けて仕事の方向性を考えたとき、挑戦する気持ちは大切にしようと考えたから。

そして「報酬と豊かな生活」は、このところ2学年違いの息子達の進学・教育費のことを考える日々が続いたから。

同じ人でも半年の間に価値観が変わることを、自分の身をもって体感しました。

実際の面談でもクライアントに対し、変化の理由やその人が変化をどう受け止めているのかを丁寧に聞いていくことが、納得のいくキャリアの選択へ繋がっていきます。


「人間らしく」がんばる!

センター試験も終わり、自己採点の結果をもとに悩みに悩んだ末、次男は受験校を決め、2次試験の出願をしました。

気にしすぎるのも…と思いつつも、悩むとつい頼ってしまう受験データ。

センター試験を受験した後、高校経由で自己採点を提出した2社からは紙のデータが返ってきました。

それに加え自宅では、受験生には有名な河合塾の「バンザイシステム」を参考にしました。

こうして頼ってしまったものの、これだけ情報があふれてくると、情報を「知ってること」やそこから「選べること」が反対に足かせになる、なんてこともあるのではないかと感じました。

「知らなかったら」可能性を探りながらがむしゃらにがんばるだろうし、「選べなかったら」限りある選択の中で最善を探りながら進むはずです。

その「探りながら」にこそ、人間の本当の可能性が広がっていきます。

分析や効率では測れない「底力」は、まさに「人間らしい」ですよね。

でもなかなか既にある情報から目をそらすのは難しい…。

そのことを実感した一週間でした。

そして「いざ出願を」と、次男が高校へ行っている間に受験料を振り込みに行った銀行の窓口の女性の方が、「合格祈願」という袋を手渡して一言。

「祈祷した鉛筆です。受験がんばってください!!」

この言葉に、あーでもないこーでもないと心惑わせていた私は、ほろっとしてしまいました。

以前は涙といえば悔し涙のことだった私も、子育てを経て少しは「人間らしく」なったのかも。


1月も残りわずか。大学生の就活は動き出してますよ。

1月もそろそろ終わりに近づき、大学3年生は3月の採用情報の公開(説明会・エントリー開始)に向け、できる限りの準備をしている時期だと思います。

この時期にどれだけ準備するかで、就活の結果、さらには就活の納得性が変わってきます。

3月に入り、企業説明会などで企業の情報が流れ込み、選考も始まる…となったら、自分を落ち着いて振り返ったり(自己分析)、文章を練り直したり(履歴書作成)できなくなります。

まさに、ダムの水が一気に放出されるような感じですね。

その流れに流されないためにも、少しでも多く準備をしていきます。

でも、「どうしていいか分からないよ~(T_T)」という人は、まず大学内の行事をチェック。

大学内で、業界セミナーや研究会という名の実質「企業説明会」や、選考へ向けての講座・イベントが行われていますので、まずはそれに積極的に参加してみます。

大学内での企業説明会は、「この大学の学生」を対象に説明会や採用活動をしてくれるのですから、様々な大学が集う合同説明会より、採用へ至る可能性ははるかに大きく、重要なのです。

他にも、大学内のキャリアセンターでは職員の方が相談に乗ってくれます。

今やキャリアコンサルタントが常駐している大学も多いので、とにかく駆け込んでみましょう。

そうやって動くことで、「何したらいい?」といった漠然とした不安は具体的になっていきます。

周囲の動きも見えてくるし、情報交換もできます。

みんな不安な中がんばっているんだから、励まし合って進めると心強いですよね。


受け入れることで仲間もできる。

12月から始まったキャリアコンサルタント養成講座は5日目を迎えました。

今日で半分が終了し、来週から後半が始まります。

今日の講義はキャリアコンサルティングの理論。

学ぶところは多いのですが、何しろ聴くことが中心の講義。照明を落としての映像視聴もあり…。

みなそれぞれに、睡魔との戦いになってしまいました。

今回担当するクラスは最初から仲が良く、すぐにLINEグループも作って交流していたのですが、授業を振り替えた方々が出会った他クラスの人も招待し始め、どんどんグループが拡大しています。

その「受け入れ力」には感心してしまいます。

クラスの雰囲気がより「誘う」気持ちを掻き立てるのか、学ぶことに対する意欲から「共に」という気持ちが盛り上がるのか。

いい意味でどんどん拍車がかかり、既にグループの半分が他クラスの方に…。

仲が良いからといって閉鎖的にしないところがいいですね。

このままの状態を維持して、試験に向けて励まし合える仲間が増えれば心強い。


どうする?どうなる?

先週末センター試験を終えた次男は自己採点をし、その点を基に高校で面談がありました。

本人としては想定内の点数だったらしく、第一志望校へ願書を出すつもりでした。

ただ、実際の判定は芳しくなく、担任の先生からは次々と遠方の大学名が話題に上り…。

それを受け、さぁどうする?

人生の岐路に立たされてるなぁ。

自宅を出るという選択を自分からするのか。

そして自宅を離れるのか。

それとも離れない選択肢を探すのか。

いろいろな条件が絡み合って迷うものの、タイムリミットは10日間。

情報は伝えるものの、決めるのは次男本人。

さぁどうする?

どうなる我が家…。

家族4人が別々の県になってしまうのか?


「ある」ことで生まれる「生きにくさ」

愛知県美術館で開かれている「ゴッホとゴーギャン展」を見に行きました。

美術館も映画館と同じく、私が一人でぷらっと行く場所の一つです。

すいている美術館だと、曜日と時間帯によっては広い展示室に私一人の時もあって、そんなときはとても贅沢な気持ちになります。

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ゴッホとゴーギャンは一緒のアトリエ兼住居で同居していた時期があり、そこでゴッホは自分の耳を切り落とし、精神を病んで入院したあげく、数年後にはピストル自殺してしまうのです。

才能がありながら何らかの生きにくさを感じて死に至ったその心中を思うと、胸が痛みます。

「ある」ことはなんでも優位に働くわけではなく、「ある」ことが障害になって生きにくくなる切なさ。

このことで思い出したのが、東京大学と日本財団が行っている「異才発掘プロジェクト」。

突出した能力は「ある」けれど、現状の教育環境に馴染めず不登校になっている小・中学生を集めた取り組みです。

緻密な絵画を描いたり物理の知識が優れていたりと、才能がありながら今の日本では周囲と違うことで馴染めず、いじめられて生きにくい生活を送ることも…。

そのプロジェクトの参加者が「自分らしく生きていい」と気づく瞬間を取材した番組を見て、そんな当たり前のことが当たり前の世の中になれば、誰もがみんな生きやすくなるのに、と。

そのために、私には何ができるんだろう?


ブログの整理も、人生の整理も、根っこは一緒。

このブログも初めて半年。

112本アップすることができました。

当初、書く内容はあまり制限せず、大まかな方向の中で書きたい内容を日々綴ってきました。

読み返してみると、自分が関心を持ってきた変遷も面白いですね。

でも半年たち、一度振り返ってカテゴリーを整理し、分類し直すことにしました。

私自身の方向性や偏りを整理するのはもとより、少しでも読みやすく、何かの気づきを先へ繋げるために。

このことは、実際に自分が進む方向についても同様です。

大きく方向は定めつつも、時に立ち止まって、自分の行きたい方向とのずれを調整し、また進んでいく。

進みたい方向と内容がずれてきたからといって単純に元に戻すだけでなく、立ち止まり、もしかしたら「ずれた方向」に進む方がより良いかもしれない、と自分自身に問いかけては判断し、方向を決めていく。

その繰り返しですね。

仕事も人生も…。


センター試験の前は、共通一次試験だった。

私が高校3年生の時受験したのは共通一次試験。それも、5教科7科目から5教科5科目に変わり、大きく制度が変更された年でした。

一番大きく変わったのは、今まで1校しか受験できなかったのが、2校(最大3校)受験することができるようになったことでした。

受ける学校が増えれば合格する機会が増えると考えるのは考えが甘く、前例のない受験体制に、受験の現場は大混乱。

前の年の倍率なんて何の役にも立たない訳で…。

しかも、大学によって前期後期が決まっていたので、どこでも2校受けられるわけではなかったのです。

そんな中で何より大変だったのが、共通一次を受ける前に2校とも願書を出さないといけないという、今では考えられない制度でした。

試験の翌日自己採点をしていた教室で、共通一次を失敗し、願書を出した大学2校とも、受験さえできずに不合格が確定してしまった同級生の背中は、今でも忘れられません。

結局翌年から、それぞれの大学が日程をA・Bに分けるようになったり、共通一次が終わった後の自己採点を見て受験校へ願書を出せるようになったり、毎年コロコロと制度が変わったあげく、「センター試験」と呼ばれる試験に変わったのでした。

今では、私立大学の入試でもセンター試験の受験結果を利用する選考が設定されていて、息子の通う普通高校でも、学年全体にセンター試験の受験が促されていました。

私は、「共通一次」を思い出すたびに、あのとき失敗した同級生の姿を思い出します。

普段は温厚で成績優秀だった彼は、その後私立大学に進み、卒業後地元で一番の新聞社であり民放放送局である企業に入社しました。

初めは記者志望だったそうですが、後に夕方のローカルニュース番組のメインキャスターとして活躍し、県内で知らない人はいないほど慕われるアナウンサーになりました。

まさに「人生何がどう転ぶか分からない」ですよね。

そして、受験生たちのこれからの人生だって、何が起こるか分からない。

だからこそ、上を向いて進んでいってほしいのです。


雪のセンター試験

センター試験の週末が近づくにつれて、雪の予報、しかも「この冬最大の寒波で大荒れ」の予報が出るようになり、うちのみならず、全国の受験生とその家族が心中穏やかではない数日間を過ごしました。

そしてその当日。

やっぱり愛知県は雪…。

普段雪の降らない地方なだけに、試験日当日(しかも2日とも)に雪が降るなんて、日程が恨めしい…。

センター試験の受験会場は希望が出せるわけではなく、次男の受験会場は名古屋市内の大学でした。

名古屋市内在住で地下鉄で向かう場合なら雪の影響も少ないのですが、我が家は名古屋市内ではないので、雪で私鉄が遅延・運休することが心配です。

1日目は少し早く出発して事なきを得たのですが、2日目は遅延が発生していまい、自宅から一番近い地下鉄の駅まで送っていくことに。

イレギュラーな日にイレギュラーな対応を求められる、落ち着かない朝でした。

次男の高校はアットホームな雰囲気で、先生方が受験会場に隣接する公園で、雪の中待っていて下さるのだとか。

試験会場へ行く途中に立ち寄るように言われたという息子と、「修学旅行の自由行動のチェックポイントみたいだね」と話しつつ、本当にいろんな方々の応援に支えられているありがたさを実感しました。

さぁ、あともう少し、がんばれ!


AI(人工知能)技術が普及すると、仕事はどうなる?

新しい年が明けて早々、「AI(人工知能)技術の普及により、2030年には雇用が240万人減る」との試算を三菱総合研究所がはじき出しました。

少子高齢化だから働く人の人口は減っていくものの、雇用はそれよりも減りそうです。

特に、女性に人気の事務職や販売職、非正規雇用の多い生産現場の職が減っていく予想なので、雇用人数が減ることもですが、ある職種が急激に減ってしまうことが問題ですね。

「働ければどんな仕事でもするか」と聞いたときに、「YES」という人はそう多くはないですから。

では、いったい人間の方がAIより優れている仕事は何でしょうか。

AIが得意とするのは、蓄積した情報の分析や計算で、画期的なものを生み出すことは苦手です。

そして、創造力やコミュニケーション力は人間の方が優れていると言われています。

これからは、そんなことも意識しながら人間の強みを伸ばす工夫も必要です。

こんな状況の中、大学新卒就活で話題にでる職業の将来性はどうでしょうか。

AI技術の普及以前に、高度成長期のような右肩上がりの景気もなく、バブルもはじけ、リーマンショックなんてことも起こり、過去の環境が将来もずっと続く保証なんてどこにもありません。

だからこそ、どんな仕事に就いても周りの状況や環境を柔軟に受け入れて対応できることが大切になってきます。

自分が働くうえで譲れない部分は何かをしっかり自分でつかみ、そこは大切にしながら、その他は柔軟に対応しつつ生き抜いていく力こそが必要なのです。